はじめに:「説明資料」と「プレゼン資料」は全くの別物
プレゼン資料を作るとき、私たちはつい「説明資料」を作ってしまいがちです。文字がびっしりと書き込まれ、それさえ読めばすべてがわかるような、いわば「紙芝居化したドキュメント」。しかし、それは聞き手の心を動かす「プレゼン」の役割を果たしません。
本当に目指すべきは、聞き手を動かすための「プレゼン資料」です。その目的は、情報を網羅的に伝えることではなく、聞き手の状態を変化させることにあります。
この違いを明確に理解するため、両者を「ライブの台本」と「書籍」にたとえてみましょう。
| 観点 | プレゼン資料(ライブの台本) | 説明資料(書籍) |
|---|---|---|
| 目的 | 聞き手の感情を動かし、行動を「変える」こと | 情報を正確に記録し、いつでも「参照できる」こと |
| 役割 | 話し手の補助ツール。主役はあくまで話し手。 | それ自体で完結したドキュメント。主役は資料そのもの。 |
| 時間 | 同期的。短時間で、聞き手の前提を揃える。 | 非同期的。読み手が自分のペースで理解する。 |
| 情報量 | 記憶に残すため、1 スライド 1 メッセージに絞る。 | 検索・参照できるよう、情報を網羅的に記述する。 |
| 聞き手 | 受動的。興味を惹きつけ、飽きさせない工夫が必要。 | 能動的。自ら必要な情報を探しに来る。 |
この違いを無視すると、典型的な失敗が起こります。
- 失敗1:説明資料をそのままプレゼンで使う → 文字が多すぎて読めず、聞き手は話を聞かなくなる。
- 失敗2:プレゼン資料をそのまま配布する → 文脈がわからず、メッセージが何も伝わらない。
もし両方が必要なら、最初から「話す用(プレゼン資料)」と「読む用(説明資料)」を分けて作るのが、結果的に最も効率的です。
この違いを踏まえ、以下では私が普段から実践している、聞き手を惹きつけ行動を促すためのスライド作成における 4 つの重要なステップを整理します。
ステップ1:ゴールを研ぎ澄ます(聞き手の「Before→After」を定義する)
スライド作成に取り掛かる前に、まず最も重要な問いに答えなければなりません。
「この発表を聞く前、聞き手はどんな状態で、聞いた後、どんな状態になってほしいのか?」
この「Before→After」の変化をシャープに定義することが、すべての土台となります。
- 例1:自社製品の発表
- Before: 製品を知らない。もしくは、使う必要性を感じていない。
- After: 「この製品を使ってみたい!」と強く思っている。
- 例2:チームのプロジェクトキックオフ
- Before: プロジェクトの重要性が腹落ちしておらず、当事者意識が低い。
- After: 全員がプロジェクトの重要性を理解・共感し、「チームで必ず成功させるぞ」という一体感が生まれている。
このゴールが曖昧なままでは、どんなに美しいスライドを作っても、メッセージは誰にも届きません。
ステップ2:物語を組み立て、2 割できたら相談する
ゴールが定まったら、そこへ至るための「物語(話の骨子)」を組み立てます。ここでは、目的に応じて効果的なフレームワークを活用するのが近道です。
代表的なフレームワークと適用シーン
| フレームワーク | 概要 | 適用シーン |
|---|---|---|
| PREP 法 | Point (結論) → Reason (理由) → Example (具体例) → Point (結論) の順で構成。論理的でわかりやすい。 | 提案、報告、意見陳述など、ロジカルな説明が求められる場面。 |
| SDS 法 | Summary (概要) → Details (詳細) → Summary (概要) の順で構成。全体像を掴みやすい。 | 研修、講演、進捗報告など、聞き手に知識や情報を体系的に伝えたい場面。 |
| TAPS 法 | Trouble (問題) → Action (理想) → Product/Solution (解決策) → Sales (提案) の順で構成。物語で感情に訴える。 | 営業提案、製品発表など、聞き手の共感を得て行動を促したい場面。 |
なぜ「2 割」の段階で相談すべきなのか?
話の骨子ができあがったら、すぐにスライド作成に取り掛かってはいけません。全体の 2 割程度が完成したこの「骨子」の段階で、必ず上司や同僚に壁打ちをしましょう。
プレゼン資料の作成者は、内容を 100% 理解しているため、無意識に論理の飛躍や説明不足に気づけません。自分では完璧だと思っている構成も、初めて聞く人にとっては「なぜそうなるの?」と疑問だらけ、という事態は頻繁に起こります。
「このゴールを達成するために、この物語でいこうと思いますが、伝わりますか?」と問いかけ、客観的なフィードバックを得る。この一手間が、手戻りを防ぎ、発表の成功確率を劇的に高めます。
ステップ3:スライドは「キーメッセージ一文」から作る
骨子への合意が取れたら、いよいよスライド作成です。ここまでのステップがしっかりしていれば、作業は驚くほどスムーズに進みます。
ここでの鉄則は、「1 スライド = 1 メッセージ」 です。
いきなり図形やテキストボックスを配置するのではなく、まずまっさらなスライドに、そのスライドで伝えたい「キーメッセージ」を一文だけ書き込みます。
- 「本プロジェクトの成功が、事業全体の成長に直結する」
- 「新機能 A により、従来の課題 B が解決できる」
- 「次のアクションは、本日中に〇〇へ登録いただくことです」
この一文が、そのスライドの「タイトル」であり、「結論」です。スライド内の他のすべての要素(グラフ、図、箇条書き)は、この一文を補強するためだけに存在します。
ステップ4:UI/UX の原則でデザインする ― “なんとなく心地よい”は意図的に作れる
キーメッセージが決まったら、次はそのメッセージが最も際立つように、視覚的なデザインを整えます。私が「ちょっと可愛くする」と表現するのは、優れたアプリのように、直感的で心地よく、スムーズに情報が頭に入ってくる状態を意図的に作ることです。
目指すのは「Netflix」、避けるべきは「テレビのリモコン」
最悪なのは、多機能なテレビのリモコンのように、ボタン(情報)はたくさんあるのに、どれが重要かわからないスライドです。たとえ整って見えても、情報が多すぎてキーメッセージが埋もれてしまっては意味がありません。
目指すべきは、Netflix のアプリ UI のように、機能は豊富でも、ユーザーが次に何をすべきか迷わないデザインです。視線が自然に誘導され、キーメッセージだけが浮かび上がってくる。そんな状態をデザインで作り上げます。
具体的なデザインルール
この「なんとなくの心地よさ」は、Figma のようなデザインツールを使い、ピクセル単位で管理することで、誰でも再現可能です。
1. 「8 の倍数」ルールを徹底する
現代的な UI デザインの基本です。余白、図形のサイズ、配置など、あらゆる要素の数値を 8 の倍数(例: 8px, 16px, 24px, 32px...)で揃えることで、デザインに無意識的なリズムと安定感が生まれます。
2. フォントサイズを固定する
本文、小見出し、大見出しなどで使うフォントサイズを、8 の倍数の中から 3〜4 種類に固定します(例: 24px, 32px, 40px, 48px)。これにより、スライド全体に一貫性が生まれます。
3. 角は「12px」で丸める
最近のアプリで、角が 90 度の四角形はほとんど見かけません。図形や画像を囲む際は、角を丸める(ラウンドさせる)のが基本です。その際、角の丸みの半径をすべて「12px」のように特定の値に統一することで、デザイン全体が洗練された印象になります。
4. カラーを少なくする
基本は黒・白・グレーに絞り、ハイライト(赤)とサブハイライト(青)程度の色数に抑える。色数を減らすほど、視線誘導とメッセージの強弱が明確になる。
5. 要素を減らす
矢印は「➡︎」よりも「▶︎」のように線要素が少ないものを選ぶ。四角形は枠線のみ、もしくは枠線なしで、色を足しすぎない。アプリの UI/UX を設計するように、不要な装飾をそぎ落としながら必要なパーツだけを組み立てる。
これらのルールを守ることで、スライドは「古いパソコンの画面」のような印象から、「最新のスマホアプリ」のような今風の美しいデザインに変わります。
注意点:おしゃれが目的ではない
忘れてはならないのは、これらはあくまでキーメッセージを際立たせるための手段だということです。目的はおしゃれなスライドを作ることではありません。過度な装飾や奇抜なフォントは、かえってメッセージの伝達を阻害します。
優れた UI/UX デザインの原則を借りるのは、聞き手の視線誘導をスムーズにし、情報理解の負荷を下げ、結果としてメッセージの吸収率を最大化するためなのです。
まとめ
聞き手の心を動かすプレゼン資料は、センスやデザイン力だけで作られるものではありません。
- ゴールを研ぎ澄ます:聞き手の変化(Before→After)を定義する。
- 物語を組み立て、2 割で相談する:客観的な視点で骨子を磨き上げる。
- スライドは「一文」から作る:「1 スライド = 1 メッセージ」を徹底する。
- UI/UX の原則でデザインする:メッセージが際立つように、視覚ノイズを徹底的に排除する。
この 4 つのステップを実践することで、あなたのメッセージは格段に伝わりやすくなり、聞き手を望む方向へと導くことができるはずです。
